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2024 / 04
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40日間の入院は長かった。元気になれる見込みがあるから流れに試行して泰然と構えようと決めた。それでも遣り場のない怠惰な時間と予定の立たない日々に焦りを感じることもあった。
そんな時、気を鎮め、慰めてくれるのは鹿児島のシンボル櫻島と空であった。朝な夕な眺める桜島を身近に感じた。朝陽が昇る頃の櫻島には魅了された。

新しい発見もあった。
看護師の分野にも男性が進出する(占める)ようになってきていることを目の当たりにしたことである。
今回私を担当した実習生M君の実習姿を2週間見た。20歳の青年だが、未だ少年のような面差しが残っていて純真である。考え方も真面目で堅実である。看護学校の先生も真っ直ぐで一途な性格である分、潰されないようにしなければと語っていた。奨学金をもらい、自炊して、弁当持参で実習に来ていた。飲み物も前夜ペトボトルに麦茶を凍らせて持ってくると聞いて、驚きを通り越して目頭が熱くなった。どこでそんな術を覚えたの?と尋ねると、高校では野球部だったので夏場は十分に水分を摂る必要がある。冷たいものを飲みたかったので・・・彼は元高校球児であった。貧しいわけでもないのに自立しようという意識が強く頼もしい。
今は男性の看護師は少数だろうがこれからは増えていくことだろう。これから目指す後輩男性のためにもそのパイオニアになって欲しい。エールをおくりたい。

ベテラン看護師(女性)と実習生(男性)の会話から
実習生は再度入院の老婦人に就いていた。
実社会の経験がない実習生は、わがままを言う彼女に戸惑い、振りまわされたのであろう。
“患者のそれぞれの到達点は違う。その人にとって最高の到達点を目指してあげることが大切。最終的な目標はどこにあるか、今はどの段階にあるかを知るべき、甘やかしてもいけない。”
こんな話も聞いた。
病院の看護師は女性の多い職場である。能力のある男性看護師が入ってきて育てていきたいとおもう。人間関係に馴染めず、疲れて辞める人を見るとき残念でならない。理想と現実のギャップに苦しむのだろうか。

余談だが
局部麻酔の手術であった。好奇心野次馬根性の強い私は、手術中、目隠しのカバーを捲って自分の目で確かめたいおもいがした。長女に話すと「そうだよね、私も盲腸の手術の時同じようなこと考えたもの」高3の夏であった。先生に「手術を見たい」といったら「見るもんじゃない、普通女の子はそんなこと言わないよ」と叱られた。変なところでDNAが似ている。

術前に、主治医から手術についての説明を夫、長女、私の3人で聞いた。
長女が、その説明の内容とネットから調べた資料とを、ワードにまとめて次女、長男に送ってくれていた。私も退院してから読んだ。心配して私の病気を理解してくれようとする姿勢がうれしかった。
ペースメーカーをインプラント(植え込み)したことにより、ペースメーカー手帳と身体障害者手帳を交付された。今までは縁のないものと思っていたものを、これからは携行しなければならない。緊急時は命綱になりかねない。
血圧、脈拍をチェックしているが正常に作動している。手の届かないところで遠隔操作されているような不思議な気がしている。医学の進歩に驚嘆するばかりである。
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2005.6.3
今日は待ちに待った退院の日である。
早朝は櫻島も霞んでいた。10時ごろは空も少し明るくなってきた。
ペースメーカーをインプラントして心身ともに再生したような気分である。パジャマから娑婆の服に着替え、我ながらちょっとハイテンションになっている。歩く足どりも自然と軽快になっている。40日ぶりに自分の足で1Fの会計まで行って入院費の精算を済ませた。

12時過ぎ主治医の説明を聞き、次回の診察予約を入れた。2週間後に傷口の回復状況を診てもらう。投薬も一切なく、その後は1年に1度の通院でよい。最後の食事、昼食(天そば)を病室で食べた。
お世話になった人々に挨拶を済ませ病院を後にした。40日間の入院生活は感慨深い。
実習生のM君には昨日握手して別れたが、今日は学校の日で会えず残念である。

夫の呟き
戻り道、「毎日洗濯物を持っての帰路は空しかった」
夕食時、「今夜はビールが旨い!」

平日は仕事帰りに病院へ寄っていた。毎日夕食時間は遅くなり、時間も気持ちもゆとりがなく、ゆっくり食事をする暇(ヒマと言うより気分になれなかった)がなかったという。
40日間本当にご苦労様でした。そしてありがとう!!
無事退院できるのも家族をはじめ多くの人の支えと励ましがあればこそである。
心から感謝したい!!

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2005.6.2
目覚めてカーテンを引くと、櫻島は雨に煙って見えない。雨音が室内まで聞こえる。

芍薬2輪が見事に開花している。大好きな花である。花びらは重ね着したように幾重にも絡まるように衣を着ている。豪華な雰囲気を醸し出している。掃除の女性もはじめて見たと、手を休めて眺めていく。牡丹と芍薬は花の女王の双璧である。

朝食後主治医が来て安静度表を見ながら、「明日退院にしましょう。明日の昼前説明します、家族も一緒に聞いてください」
退院は来週だろうと思っていたので、急に伝えられびっくりしたが、自然と笑みになった。
10時ごろ夫に電話すると“よかった”と喜んでくれた。夕方寄った時、早速母や子供たちに連絡しておいたと。長い道のりであった。やっとゴールを迎えたおもいがする。
荷物の整理を始めた。

夕食後隣室のMさんが来て「おめでとうございます。夫婦共々長生きしてください」と優しく労らい、励ましてもらう。3年前夫を亡くしている。辛いだろうにいつも明るく声掛けをしている。前に、しんみりした話をしたとき目頭に涙を見た。胸の奥を覗いたような気がして切なかった。

入院最後の夜である。40日間のことが走馬灯のように過(よ)ぎり、うれしい反面、離れがたいような、去りがたいような複雑な一面も感じる。病院はいろいろな人の病気と人生を包み込んで今日も暮れていくような感傷に浸っていた。
おやすみなさい!


2005.6.1
今日から6月、夏の衣替えの時である。
1ヶ月以上入院生活をしているので、退院したら早速夏物の衣類を出さなければならない。

朝食をしていると実習生のM君が元気な顔を見せてくれた。長引かなくてよかった。風邪ではなかったようだが頬がほっそりなった感じ、熱で食べ物が美味しくなかったという。

11時過ぎペースメーカーの業者の人が来て、わたしのペースメーカーのチェックが始まった。両手首、両足首に心電図をつける。寝たままの状態である。リード線が作動している確認の声がする。次に脈をさげ自分自身の脈の状態でチェックをする。

「自分に脈は40ぐらいですね、気分が悪い時は言ってください」
「何ともありません」「パソコンのような画面になっているのでしょうか、見たいです」
器具の向きを変え私のほうから見えるようになった。脈の波形と脈拍数73と出ている。

「私のペースメーカーはどれぐらい電池が持つのでしょうか?」
「消費量にもよるが、大体10年ぐらいです」
「携帯電話や磁気のあるところへ近づき、気分が悪くなったら直ぐその場を離れてください。そうするとペースメーカーは正常に作動します」
最終の数値の設定が出来た。うまくコントロールできるようになっており、その精密・精緻な作り、医学の進歩に驚嘆する。

午後、ペースメーカー手帳をもらい、心電図モニターも外された。
入院以来実に38日振り、すべての機器から開放され自由の身になった。
めでたし!めでたし!

TVではクール・ビズを報じている。鹿児島県でも6/1~9/30実施する。ノーネクタイで勤務する職員の姿を映している。

2005.5.31
今朝の櫻島は雲がかかっているが、淡い茜色がほんのり空を染めている。
1時間もすると桜島上空に陽が昇る。毎日見る光景である。

9時過ぎ 体温:36度7分
      血圧:106(最高)―― 60(最低)

実習生のM君は発熱して今日はお休み。真面目な性格である。きっと毎日緊張して無理したのだろう。指導教官の話では病院に行くよう伝えたという。明日は元気な顔を見せてくれるだろう。
11時過ぎ地震があった。初め櫻島の爆発音かと思った。6Fの病室でも体感できた。直ぐTVのスイッチを入れると震源地は宮崎南部で、鹿児島は震度3と出た。

午後から心電図検査と胸部レントゲン撮影があった。いよいよ退院へ向けての諸検査である。
筍堀りに一緒に行った友人、Aさん、Hさんが来室。
毎年、筍堀り、梅ちぎりにいく仲間である。今年はどちらも参加できなかった。梅も手分けして加工してからプレゼントしてくれるという。仲間の優しい気持ちが伝わってきて嬉しい!

元二子山部屋親方、元大関貴乃花が死去。
口腔底ガン、55歳。若すぎる! 合掌!

5月も今日で終わりである。この月は病院暮らしで終わることになった。

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マンマ

  • Author:マンマ
  • 好奇心、やじ馬根性旺盛な熟年おばさん?

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