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宮廷菓子の「クルタレ」

ガイドブックに依ると明洞(ミョンドン)駅からケーブルカーの上り駅まで徒歩15分と書いてある。ケーブルカーを降りたら、その足で暗くなったソウルの街をハングルのネオンを眺めながら明洞(ミョンドン)駅までぶらぶらと歩いた。

明洞(ミョンドン)駅からコスメ通りのあたりは昨日歩いているので、夜でも方角の見当がつく。駅近くの屋台でパフォーマンスをやっている。娘が「皇帝のお菓子作りだ、見ていこう!」


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日本語で説明している。手の動きに惹かれ足がストップした。小さな蜂蜜の塊を伸ばし、2本が4本、4本が8本、8本が16本・・・と細長く引き伸ばし16000本余りの麺状になる。
鮮やかな手さばきである。最後に餡となるクルミ・アーモンド・ピーナッツなどを包んで出来上がり。

「クルタレ」と呼ばれるお菓子で、王様に愛用された伝統宮中茶菓である。クルは「蜂蜜」、タレは「糸状のものを巻きつける」と言う意味を持っているという。
長壽と健康、幸運と切なる願いがかなうといわれる。
中国でも同様な手法の麺作りがありますね。

皇帝が愛用したお菓子と知ったら是非とも試食したい。家族のお土産用に購入した。
賞味期限は一ヶ月と書いてある。初めて見るお菓子である、どんな味がするのか早く食べてみたい。

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戻って開けてみると白ひげのような糸状の重なりはかなり固まっていた。飴だから冷えれば硬くなって当たり前のこと。それほど甘くなくサクサクとした食感がありおいしかった。またチャンスがあったら、今度は作り立てを食べてみたい。     つづく



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ソウル市のランドマーク 【Nソウルタワー】

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ソウルナビにも『ソウル全体を一望できる定番の展望スポット。観光客だけでなく地元ソウルッ子にもシンボル的な存在である。タワーの高さは海抜479.7m。ライトアップショーでは最新の発光ダイオード技術によって色とりどりの光がタワーを彩る』と書いてある。

夜景を見られる夜に行こうかとも思ったが、展望台から見るソウル市の方角を知らないままでは面白くない。昼間の方が肉眼で確認できると思った。ソウルタワーは、地図を見ても出は入り口が分かりにくい。

昌徳宮近くからタクシーに乗った。
「ソウルタワーへお願いします」
「南山タワーですね」

地元では南山タワーと呼ぶほうが通りがいいのかもしれない。というのもこのタワーはもともと首都圏一帯のTV・ラジオ放送電波を送る電波塔として起工されたものである。その後展望台として公開されたが、老朽化で2005年、名称も「Nソウルタワー」としてリニューアルオープンした「N」の意味は「南山Nanzan」と「新しいnew」の文字からだそう。

標高250メートル余りの南山の頂上に立つソウルタワーである。距離もありタクシーで30分ぐらい要した。料金87000ウォン(今回の旅で最高額のタクシー代)。車も頂上までは上らずその手前で降りる。その後の坂は急な傾斜である。食後の重い体はちょっと大変であった。立ち止まってみるとソウルの市街が遠望できる。

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                    展望台から

エレベーターで展望デッキのある2、3Fへ
最新のデジタル望遠鏡が設置されており、ソウル市内の景色をパノラマ感覚一望できる。360度の見晴らしを十分に楽しめる。しばらく窓際の椅子に腰掛けて眺めた。

展望台の360度の角度に世界の都市名が記入してある。居ながらにして全世界の方角を確かめることが出来る。ウラジオストックやモスクワの方角を見ると、5年前のロシア旅行を想い、すぐ手の届きそうなところのように感じる。

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                      展望デッキ

5Fは回転レストランがあり、夜景を眺めながらのディナーが人気で、若者のデートスポットにもなっているとか。陽も落ちかけてきた。戻りはケーブルカー(5分)で降りることした。夜景を楽しむ人たちが次々に昇ってくる。ケーブルカー12000ウォン。ちょうど日没の時でケーブルカーからきれいな夕陽を眺めた。

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夕  陽

ケーブルカーを降りると階段状の坂を下るがかなりの距離である。往きに徒歩でのケーブルカー駅までは階段と坂で大変な思いをするところだった。辺りはすっかり暗くなっている。平地に降り明洞(ミョンドン)の方向指示を見つけてほっとした。   つづく





昼食は「韓定食(ハンジョンシッ)」

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昌徳宮の観覧が終わった時は2時を過ぎていた。予定通り昌徳宮背後に位置する韓定食のレストラン「龍水山」へ行った。霙交じりの中、広い昌徳宮を見学したので体は冷え切ってしまった。朝から歩いて3時近い遅い昼食である。食い気、好奇心も膨らみ、楽しみにしていた「韓定食(ハンジョンシッ)」だと思うと、たくさん食べられそうな気がする。そこを抑えて夕食もおいしく食べたいので、時間を考えほどよいコース料理を注文した。

これまで韓定食というと宮廷料理のイメージを持っていた。テーブルに20種類ほどの皿が並ぶ豪華な料理と思ってきた。グループ旅行などの大人数でなければ食べられないだろうと、今回は半ば諦めていた。ところがソウルに着いた時乗ったタクシーのドライバーからよい情報をもらった。昼のメニューで予約なしに行けるとろが昌徳宮の背後の辺りにあるという。

韓定食の雰囲気を味わえるだけでもよいと、昌徳宮観覧の後に昼食をとる予定にした。やはり思っていた韓定食ではなく、一品ずつ運ばれてくるコース料理であった。一品ずつの程よい量であったので胃にもたれることなく全部おいしく食べられた。
料金も2人で44000ウォン(約3000円)とリーズナブルでした。
大人数で訪れる機会があれば本格的な伝統料理の「韓定食」を夕食で楽しみたいものです。

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メニューもハングルで書いてあるので個々の料理名は分からないが、おおよその見当をつけて箸を進めた。器に盛られた料理は韓国フードであるが、洋風のレストランで食事をしているような錯覚さえ抱かせた。器や箸スプーン、料理も韓国料理を食していながら・・・あとで合点がいった。一皿ごとに盛られた料理の量が少量であったからだと。

昼食後ソウルタワーへ向かった。    つづく




 【昌徳宮(チャンドックン)】

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 昌徳宮の正門・敦化門前の広場は雪に覆われている。時折雪の舞い散る日で寒い。南に住んでいるせいかソウルの寒さが肌身に凍みる。腰にカイロを貼ってきてよかった。手はかじかんで手袋を離せない。

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 観覧は自然と建物の保存のため、指定された時間に案内ガイドによって行われる。外国人のために、韓国語のほか英語、日本語、中国語の専門通訳の案内サービスが充実している。
自由観覧は4月~11月の木曜日のみ。
日本語の12時30に観覧した。門をくぐるとガイドから昌徳宮についての簡単な説明があった。入門時にもらった日本語案内書は図入りでより詳細に記されている。1時間30分で入門した敦化門に戻る。

 伝統的な建築様式の粋を集結し歴代の朝鮮王朝の表舞台となった昌徳宮は、韓国の王宮の中で唯一、世界文化遺産に登録された王宮である。昌徳宮は1405年、正宮である景福宮(キョンボックン)の離宮として建造された宮殿。正宮は戦役で消失したが、再建されるまで約270年に渡って李氏朝鮮王朝の政務が行われた王の御所。朝鮮の宮殿の中で王が最も長く住んだ王宮である。
 
 多くの王宮が戦争・火災、植民地時代に本来の姿を失っているのに対し、保存状態がよく李氏朝鮮時代の趣や生活様式を色濃く残している。自然との調和のとれた配置が卓越した点から1997年にユネスコ世界遺産に登録された。宮殿の庭園、秘苑(ビウォン)は四季折々のうつくしい姿を見せてくれる。

敦化門、宣政殿、記政殿、大造殿、楽善斎、秘苑、宙合楼とその周辺の順で見学して敦化門に戻った。雪が降った後の道は、所々凍っている所もあるので用心しながら歩いた。

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敦化門(トンファムン)  現存している宮殿の門としては最古

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          仁政門(インジョンムン)
王の即位、臣下の朝礼、外国使臣の接見など、国の重要行事が行われた場所
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                  宣政殿
王が日常の国事、学者や官僚と儒教や歴史の勉強など公式の執務所。現存する宮殿の中で唯一青い瓦の建物である。

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大造殿(テジョジョン)  王と王妃の寝室

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               スラッカン
大造殿の西側に王室の台所であったスラッカン跡。西洋の建築様式で造られている。

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               オンドル焚口

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                床 下
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                  煙 突
薪を入れて暖めたお湯が全体にいきわたって部屋全体を温める。薪を燃やした煙の出口は離れた所の煙突を通って出て行く。

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              丹青(タンチョン)
屋根の梁などに見られる極彩色の模様は丹青(タンチョン)という。木材の腐食を防ぐためのものだが、やがて王宮や寺院など特別な建物に描かれた。色は全て草木を原料としていた。10年前に塗り替えた色という。


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楽善斎(ナクソンジェ)
1847年後宮の処所として建てられた。王の死後王の側室や女官などが残りの人生を送った。日本の梨本の宮家から最後の皇太子李垠(イウン)に嫁いだ方子(まさこ)妃が晩年(1989年まで)過ごした場所でもある。
ここだけは、丹青(彩色)を施さない質素な建物、壁、障子などの模様、平遠楼の建築様式であることから清の影響をうかがうことができる。

 ガイドの説明で、方子(まさこ)妃が亡くなって20年、息子(次男)さんも4年前東京の赤坂プリンスホテルで亡くなったと知った。彼女の生涯はドラマ化されたりして知られている。時代の波に翻弄され数奇な運命を辿った女性である。


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              秘苑(ビウォン)
昌徳宮の庭園で後苑(フウォン)ともいい、王様たちの憩いの場。
芙蓉池(プヨンチ)は氷が張り、冬の庭園は冬木立で緑が少なく、植物を見られず残念であった。

雪交じりの寒い日の見学であったが、広い敷地の建物は手入れが行き届いていて見応えがあった。心残りは冬の庭園は寒々として色に乏しかったことである。見学途中で外国語が飛び交うと肝心のことを聞き取れないことがある。4カ国の言語に分け、時間差で自国語の説明が聞けることはありがたかった。      つづく



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① 観 光
観光する場所の選択、動ける範囲、すべて自身で判断し決めなければならない。
  歴史スポットでは、昌徳宮(チャンドックン)、景徳宮(キョンボックン)のどちらにするか迷ったが世界遺産になっている昌徳宮を選んだ。

   ソウル滞在3日目の朝、カーテンを開けると外は雪化粧の街になっている。この日は昌徳宮観光を予定しているというのに・・・翌日の夜は帰国するので日延べするわけにいかない。昌徳宮は時間指定のガイドツアーになっている。

  他の宮と違って自然と植物保存のために決まった時間に、日本語、韓国語、英語、中国語とそれぞれの時間別にガイドの案内に従って観覧する。所要時間1時間30分。
  日本語は1日に4~5回実施されている。10時30分の日本語ツアーに参加しようとタクシーに乗った。

門の前に着いたので入場券を買おうと行ったら隣の門だという。塀沿いに歩いていくがなかなか門に辿り着かない。道なりに塀が続いているので間違っているとも思えない。人気のない通りで誰とも出会わず尋ねることも出来ない。「チャンドックン」と告げたのにドライバーが間違って降ろしたんじゃない?と話しながら、少し後戻ってまた引き返して上り坂の塀沿いに歩いていった。やっと辿り着いたが10時30分観覧には間に合わなかった。

次の12時30分に決めて入場券を買い、待ち時間で周辺を散策することにした。昼食はチャンドックン裏手に多いという「韓定食」を取る予定でいた。店の下見も兼ねて歩き始めた。

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王宮周辺の裏手は静かで、韓屋(韓国の伝統的な家屋)も見られる。偶然ガイドブックに載っている韓定食のレストランが見つかった。開店前だったので観覧後食事することに。   つづく





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マンマ

  • Author:マンマ
  • 好奇心、やじ馬根性旺盛な熟年おばさん?

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