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2024 / 04
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旅に出ると珍しい特産品を見たり、おみやげ探しも楽しみの1つである。

今回の旅行は東南アジアのアンコールワットとホーチミンである。
アンコールワットの遺跡見学とホーチミン市内観光が主目的で、あまりショッピングする予定はなかった。

クレジットカードやトラベラーズチェックは使える場も少ない。
通貨は米ドル持参がよいという。
物価も安いので300ドルだけexchangeした。

当初、1月半ばの今度の旅行は参加できないと思った。昨年11月に母が他界して服喪中の身である。事実一度はキャンセルしたが、年内に四十九日の忌明け法要を済ませたので参加可能となった。

事前準備する余裕もなく、ガイドブックを読む間もなかった。目ぼしい土産のチェックも出来ないまま旅立った。

機内で読んだガイドブックに、「3$で買えるグッズ」と書いてある。
値段も手ごろ、これはいい、その中に「水牛の角がワンポイントの箸」2$。
マホガニー調の色合いで、オリエンタルな食卓を演出してくれる。どこの雑貨店でも手にいる。
嵩張らず、軽いし、迷わずこれに決まり。

今回は、素朴な民芸雑貨を見られるといいと思っている。
「オリエンタルとヨーロッピアンのエッセンスが詰まったベトナムのお土産」の文字に、好奇心はくすぐられ、マイナーなイメージの品がありそうで・・・

ガイドが案内する店は、品質は確かに違いないが、値段は高い。同じものを街中で見つけられたら格段に安い。市場は、定価はあってないようなものという。値段交渉次第でもっと安くなる。日頃の主婦の腕を発揮して、まとめ買いして値切ると、言い値より必ずまけてくれる。

シェムリアップの空港で色々なスパイスを見つけた。
香りのよい黒胡椒、カレーパウダー・・・3$

スパイス

ホーチミンのベンタイ市場で
「水牛の角ワンポイント」黒檀の箸(10人分)   9$
「ベトナム茶」    3$

箸

ベトナム茶

ベトナム茶3箱で5$では交渉したが、この単価は譲らなかった。蓮茶は値引くというが、機内でおいしかったベトナム茶に執心していたので、ここは言い値で購入。
ベトナム茶はジャスミン茶のようである。

この市場では入念に見てまわれば民芸雑貨はありそうであった。あらゆる空間を駆使して商品が並び、ぶら下っている。フリーの時間に見るつもりでいた。然しあまりの喧騒と雑踏に圧倒され再度行く気になれなかった。

布製のポシェット3$。自分用に1つ買ったが、まとめ買いした人もいた。
旅行業者の「おみやげのしおり」には10$とあった。

ポシェット

コーヒー(ベトナムのコーヒーは有名?)は、
コーヒー文化が定着している国だけあって、豆の質もよいという。

コーヒーとジャスミン茶は離陸前のホーチミン空港の免税店で購入した。1~3$。チョコレートも1、2$のものは小ぶりで、残った外貨を使い切ることも出来て便利。
今回は、値の張るおみやげは買う気もなければ見る時間もなかった。
民芸雑貨も、ゆっくり見て周り吟味する時間があれば、掘り出し物を見つけられたかもしれない。
だが、時間切れで心残りぐらいのほうが宿題を持ち越されたようでよいと思っている。


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ま と め

アンコールワット

今回の旅の目的は、カンボジアのアンコールワットをメインとしたアンコール群の遺跡見学とベトナムのホーチミン観光であった。

なんといっても「アンコールワット」の印象は顕著で、特筆すべきことが多い。
 700年もの間、ジャングルの中で眠り続けていたとは信じがたい。
 ヒンドゥー神話物語のレリーフ、天女像の精緻な彫刻、数の多さに圧倒される。
 この遺跡は現代でも人々に神秘と安堵を与えてくれる。

アンコール近辺を見て、カンボジアは貧しい、発展途上の国の印象が強い。町の表通りはマンションなど建築ラッシュに見えるが、一歩農村部に入ると高床式の粗末な住まいである。内戦の影響を引きずっている。だが自然と共に暮らす人々の表情に暗さは感じられない。

観光客のバスに近づいて、民芸品や絵ハガキを売る子どもの目を見るときは切なかった。必死にすがる様な眼差しで見つめられると辛い。日々の糧を稼いでいるのだろうと思うと・・・

トンレサップ湖のミニクルーズでは、はじめて水上生活者の暮らしぶりを垣間見ることが出来た。子どもも親の手助けをしている。貧しいが日本では希薄になってきている家族の絆を感じた。

ベトナムは、 北のハノイの町並みは中国の文化の影響を受け、南のホーチミンはフランス統治時代の影響が残っているという。その名残りは、有名なホーチミン市郵便局、聖母マリア教会に代表される。

ホーチミンは旧南ベトナムの首都サイゴンである。南北ベトナムは統一して30年経ち、国も社会主義共和国になった。町はホーチミン市に変わっても、川の名前はサイゴン川である。宿泊したホテルもサイゴン川沿いにあった。旧サイゴンに行ったことはないが、ホーチミンよりサイゴンのほうが馴染みもあり、印象が強い。きっとベトナム戦争の報道のインパクトが印象に残っているのかもしれない。

町にアメリカの面影は感じられないが、社会主義体制に変わって、近代化は足踏みしたのではなかろうか。近代化へ向けての息吹は感じられる。車とバイクの洪水の渦には只々びっくり!!

中華街のチョロン、ビンタイ市場も行ってみたいところであった。
旅に出ると市場やスーパーマーケットを見物したいと思う。珍しい果物や食材に出会うとうれしい。市街地に近いベンタイ市場はちょっと行ったが、あまりに雑然としてゆっくり見ることは出来ない。機内で飲んでおいしいと思ったベトナム茶は見つかった。

文明を享受して暮らしている人(とりもなおさず日本人?)と家族と自然の流れの中で日々の営みをしている人(今回の旅で見たカンボジアの人々)、その落差は厳然たる事実である。
逞しく暮らしているカンボジアの人を見て、
“物質文明に充たされ、心はどこにあるのだろう?” “人間の幸せは?”と己を振り返り考えさせられる機会になった。

ハプニングもあった。
旅の最終日に体調不良の人がでた。
真冬の日本から、30度のカンボジア、ベトナムへ来ている。食事は中華系で油分が多い。頭では分かっていても体の切り替えはできていなかったのであろう。腸炎もどきになった。
夕方添乗員に付き添われて病院へ行った。帰国寸前になって心配しました。

深夜に飛び立つ航空便のぎりぎりの時間に間に合い搭乗できた。皆と一緒に帰国出来て安堵しました。なんと、仲間の中に女医さんがいて的確なケアーをしてもらえたのです。幸運でした。
体調管理の重要性を痛感した旅でもあった。     おわり

ブーゲンビレア



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ホーチミン (4日目の夕方)~帰 国(5日目)

夕食は海鮮料理である。
中華料理メニューであるが海鮮を主とする広東系であった。

テーブルの前で見せてくれた料理は、
紹興酒に活き海老を入れて火にかけて煽ると、一気に湯気と炎が立ち上がる。ガラスの鍋で海老は勢いよく踊っているが、こともなげに鍋をつかんでいる。同様なつくり方は香港でも見ている。
アルコール分は飛び、鮮やかな紅色の海老はぷりぷりしておいしい!

味付けは薄味、さっぱりして日本人好みである。油の多い中華料理メニューの食事が続いていた。最後の「おじや」はうれしく胃にも優しかった。

帰国便は深夜に飛び立つ。
待ち時間を利用してオプションでアオザイショーを見ることになった。
料金45$

アオザイショー

アオザイ2

アオザイを纏ったベトナムの女性の姿は美しい。福岡から搭乗したベトナム航空のフライトアテンダントも着用している。深い赤色の上着に真っ白なパンタロンスタイル、赤い色とシルエットの美しさに惹き付けられていました。

通路を行きかう姿に「素敵ね」「どんな素材かしら?」と隣席の友人と話す。
図々しいおばさんは、興味津々です。

日本語で話せたので尋ねてみました。「素材は?どんな作りになっているの?着方は?」と聞き、生地まで触らせてもらいました。
ポリエステル素材、長い上着丈の脇は腰まで開いている。チャイナカラー、ラグラン袖のデザインで、頭からすっぽり被り前身がスナップ止めになっている。
長身のスレンダーなアテンダントには正にぴったり!!

帰国間際の時間に、アオザイショーを見られることになってワクワクしていた。
夕食後行った劇場は、《AoDai SHOW traditional MUSIC》
今日のショーはアオザイの中でも北ベトナムのアオザイがメインになるという。
民族楽器の演奏とアオザイショーである。

アオザイ1

伝統音楽は、馴染みがないと退屈するが、 「ダン・パウ」と呼ばれる一弦琴の演奏はジャズのセッションのように激しく退屈する間もない。聴いているほうもスイングしたくなる。
強烈な印象に残る楽器は「石琴」「竹琴」(トゥルン)であった。

石琴

「石琴」の名手が叩く、激しい演奏は、髪を振り乱しながら右へ左へとバチを走らせる。まさに「鬼気迫る」という言葉がピッタリ。石の響きとは思えない透明感のある音色に感動した。
一見して木琴と見間違うが、石琴は世界に3つしかないという。
インドネシアのガムラン音学を連想する。

竹琴

「竹琴」「トゥルン」と呼ばれるベトナムの民族楽器である。
音盤がたくさん繋がって何列か組み合わせてある。音はマリンバに似ているが響きは軟らかく優しい音色に聴こえる。

シェムリアップのホテルのロビーでは、民族衣装を纏った女性が「トロフォン(シロフォン?)」を演奏して歓迎してくれた。
こちらも打楽器である。今回の旅では珍しい打楽器に巡りあった。

楽しみにしていたアオザイショーが始まった。

切り込みの深い上着を纏ったスレンダーな女性が登場。
歩を進める度に長い裾が優雅にひらめく。

アオザイ3

アオザイ4

写真に収めたいと凝視するような視線で眺めているのです。客の前で一寸立ち止まってくれるが、時間が短かすぎて写真のシャッターチャンスが決まらない。

男性のアオザイスタイルは珍しい。北ベトナムのアオザイがメインとあって山岳民族らしい衣装も多々あった。タイヤビルマの山岳衣装に似ている感じがした。何点の衣装を見ただろうか?

アオザイ5

約2時間のアオザイショーを楽しんで空港へ向かった。
日付は1月18日に変わり、1時30分発のベトナム航空で帰国の途に着いた。
戻りは4時間30分で福岡に到着した。(往きは6時間)


※アオザイ
アオザイ(Áo dài)とは、ベトナムの民族衣装。「アオ」は着物、「ザイ」は長いという意味、つまり「長い着物」のことである。日常にも正装にも広く着られている。男性用もある。
なお南部では「アオヤイ」と発音する。清朝から移入されたチャイナドレスを起源とする。もともと土着の服装と異なる官服として着られていたことから、現在でも正装とされるようになった。現在の女性用アオザイがデザインされたのはフランス領インドシナ=仏印 (現在のベトナム、ラオス、カンボジ)時代のことである。

上衣は「チャイナカラー」と呼ばれる前合わせの立襟で長袖の体に沿った細身の仕立て。丈は足首にかかるほど長いが、腰骨にかかるくらいの深いスリットが側面にあるため歩行の邪魔にはならない。下衣には上衣と逆に直線的な裁断の白い長ズボン(クワン、quần)の組み合わせで仕立てる。

ベトナム航空(国営)ではかつてはピンク、現在では赤のアオザイが女性のフライトアテンダントの制服に採用されている。機内で見た色である。
高温多湿の気候のため、上着は木綿が多く、クワンは下着が透けるような薄い生地(絹や化繊)が使われることも多い。

女性用は、かつては青色がほとんどであったが現在はさまざまな色がある。正装は白色。
縫製に余分を持たせていないために体の線を強調し、美しく見せる服である。女性のボディラインを美しく見せる民族衣装として、国外の女性も憧れることが多い。        
つづく


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ホーチミン (4日目の午後)

フリータイム


現地ガイドの話で
ベトナムは7世紀まで中国領であったこと、1950年までは漢字を使っていた。
犬を食す習慣は中国文化の影響を受けている。北ベトナムに多く、中部・南部では半々の割合。平均月収15,000円。
小柄で、自称「ベトナムのカトちゃん」「本物は見たことない」といっていたが、確かに似ている。

午後は自由行動である。
午前中の観光が終わり、昼食後、一旦ホテルに戻って各自好きなプランで行動することになった。

~レンタカーで郊外の農村観光へ出かける人~
~エステへ行って疲労回復と美人へ変身する人~
~歩き疲れて、ホテルのロビーでゆっくりする人(チェックアウトしているので部屋には入れない。この日は満室で時間延長も出来ない)~
様ざまに分かれてフリータイムを楽しんだ。

疾走2

友人3人と一緒にホテル近くを散歩することにした。ホテルのフロントでもらった地図を片手に、銀座通りといわれるドンコイ通りへ行ってみようと思った。街の写真も撮りたかった。

ホテルの前は大通りでその先はサイゴン川である。
通り(トンドゥックタン通り)は車両とバイクが猛スピードで激しく行き交い、その量、騒音には圧倒される。一車線を左右両方向から往来してくる。写真に収めたいがそのスピードについていけず、シャッターチャンスもままならない。

近くに信号も見当たらない。サイゴン川を見たいと思い、プロムナード側に横断したいがとてもじゃない。車とバイクの洪水で、右往左往していたら、現地の人が手を貸してくれ難なく渡れた。プロムナードには「シクロ」を置いて腰を下ろして休んでいる。きっと観光客待ちしているのであろう。先ほどの男性もそうに違いない。天秤棒を担いだ椰子売りのおじさんも客待ち顔である。

貨物船

プロムナードで

サイゴン川は川幅も広く流れもゆったりとしている。貨物船も停泊している。ホテイアオイがゆらゆらと波に揺られている。川に向かって大きく深呼吸した。対岸には工場らしい建物も見える。

このあとドンコイ通りを目指して歩きはじめた。
ヨーロッパ風の交差点にはロータリーがあり、放射状の通りと、碁盤状の通りとが重なり合って町並みができている。通りが斜になっているので確認しにくい。何度も道を尋ねた。ショッピングする気もなかったせいか、あまりお洒落な店にも出あわなかった。民芸店に入ってビーズ刺繍のバッグ(10ドル)を買った。

食事?

路上商い

ちまき売り

ホテル前の通りからすると車とバイクの疾走も少なく歩き易い。
どの通りも露店は多い。天秤棒を下ろして路上で商っているおばさん、そのそばに若い女性が腰掛けて食事をしている。埃を舞い上げて車やバイクが走っていようがお構いなしである。
中華ちまきを自転車一杯積んで商っているおじさんもいる。
おいしいものはあるのだろうが、屋台や露店で食べる気にはなれない。

同じ道を戻ったら、横断のとき手を貸してくれたおじさんは、まだ客を待っているようで座っていた。手を振ったら判ったらしく合図を送ってくれた。優しい手の温もりが残っている。                   
                         つづく


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4日目(ホーチミン)

統一会堂

ホーチミン市
旅も4日目、ホーチミンに到着した。
ホーチミンは、旧サイゴンである。

サイゴンは1956年のジュネーブ協定の後、南北にベトナムが分割され、1975年にサイゴンが陥落するまでの間、南ベトナムの首都としてにぎわってきた。その後新政府によってホーチミン市と名称を変更されている。

ベトナム戦争でサイゴンが陥落して30年経っている。最近だったような感覚であったが、若い添乗員も記憶に残っているという。
TVで見た、最後の米軍飛行機がサイゴンを飛び立つ映像は鮮明に残っている。
旧南ベトナムの首都サイゴンであった現在のホーチミン市は大都市である。街は車も人も多い。
バイクは束になって突進してくるように道路に溢れ、猛スピードで走り抜けていく。
覆面スタイル、2~3人乗りの姿は変わらない。

市の中心部を流れるサイゴン河は、ドンナイ川の支流にあたり、サイゴン港から南シナ海へはおよそ50kmある。サイゴン港近辺の川幅は約300m、水深はおよそ10mあるので、このためサイゴン港には3万トンクラスの貨物船も楽に入港できる。サイゴン川と港はこの町のシンボルになっている。宿泊したホテルもサイゴン川沿いにあった。貨物船が停泊していた。

今回ハノイには行ってないが、ハノイの町並みは中国の文化の影響を受けていると聞く。首都ハノイがベトナムの政治の中心なら、ホーチミンは経済の中心である。
南のホーチミンではフランス統治時代の影響が今も強く残っている。街はサイゴン川の西側に開けており、かつて「プチパリ」とも称えられていた。ホーチミン市の市役所である人民委員会庁舎はフランスのアールヌーボー式のデザイン、有名なホーチミン市郵便局は、フランス建築家の設計によるものである。

街造りもヨーロッパ風になっていて、交差点にはロータリーがあり、放射状の通りと、碁盤状の通りとが重なり合って町並みができている。
地図を見ながら、サイゴンの銀座通りといわれる「Dong Khoi(ドンコイ)通り」付近を少し歩いたが、放射状の通りはクロス地点が分かりにくかった。

 市場に行けばメコンの恵みをいっぱいに授かった南国特有のフルーツや野菜が山積みされ、裏通りには天秤棒を下げた威勢のいいおばさんが行き来する。

観光したところを簡単に記します。

◆Hoi Truong Thong Nhat統一会堂(旧大統領官邸) 

漆の間

ヘリポート

1873年にフランスのコーチシナ総督が住むために造られたNorodome Palaceがもとの建築物。1966年に建てられた南ベトナム政権時代の旧大統領官邸で、大統領とその家族が住み、政府の執務もここで執った。1975年、解放軍の戦車が敷地内に突入したことにより、ベトナム戦争は終結した。

現在は一般公開している。100以上の部屋があり豪華な造り。ベトナムの芸術や工芸で内装を飾られている。屋上には専用のヘリポートもある。戦時中は極秘軍事基地としても機能しており、地下室(サイゴン港まで2キロ)には司令室や暗号解読室、通信室がほぼ当時のまま残されている。外国人には英語のガイドさんが付き添ってくれる。(アオザイをきた美しい女性)建物の中を一周すると1時間くらいかかる。
屋上からの眺めは素晴らしい。噴水のある広い前庭の先にホーチミンの街が広がっている。車とバイクの洪水も一望できる。

◆戦争証跡博物館

1975年オープン。ベトナム戦争に関する博物館。
ベトナム戦争で実際に使用された戦車、戦闘機、ミサイル爆弾などの兵器を配した屋外展示と、戦争に関する膨大な資料を公開した室内展示から成る。
道に横たわる無惨な犠牲者、戦火を逃げまどう婦女子、虐殺の写真は正視に堪えない。
日本の「石川文洋」、「中村吾郎」の写真も常設展示されている。

ベトナムの作家「グエンティ]原作の本を基に、「いわさきちひろ」がデッサンした絵が展示してあった。子どもの普遍的な生命力と愛しさを表現しているという。ホーチミンで彼女の作品に接するとは思いのほかであった。

◆Notre Dame Cathedral ノートルダム教会、およびホーチミン郵便局

教会
 
ノートルダム教会は19世紀末フランスによって建設されたカトリック教会。建物の外観はロマネスク様式で美しい。クラシックな尖塔が空へ聳える。内部は見られないが、ゴシック様式という。

郵便局

郵便局内

ホーチミン郵便局は19世紀末フランス統治時代に建てられた壮麗な建物。内部はアーチ状の高天井と正面奥の壁に掲げられたホー・チミンの肖像画に圧倒される。国際電話用のブースもある。夫の土産に、切手を1シート(南の小鳥、1米ドル)購入。

この一角にはフランスの空気が流れているように感じられる。

◆Ben Thainh ベンタンマーケット 

ホーチミン市の中央にあり、市民の生活の中心として活躍している市場です。
『観光市場』と異名をとるほどに、観光客向けの手工芸品が充実している。
マーケットに入る。びっしり詰まった店内には、隙間も無いほど商品が並べられ、ぶら下がっている。物音、話し声の喧騒に驚き、どんな商品があるのか見極めもつかない。

市場内

果物

現地ガイドから雑貨と果物はお薦め、食べものは買わないようにとアドバイス。果物に関心があって、店内の案内人らしき人に売り場を尋ねた。
あるわ、あるわ、トロピカルフルーツが・・・・
パパイヤ、マンゴー、マンゴスチン、ドラゴンフルーツ、パッションフルーツ、ミルクフルーツ、ドリアン、ジャックフルーツ・・・
買いたいが、この日の深夜便で帰国するので断念する。残念!!

結局布製の小物入れ、水牛飾りの箸、ベトナム茶を買っただけ。午後からのフリーの時間に再度行く予定でいたが、あの騒々しさ喧騒に圧倒されていく気は失せた。ゆっくり時間をかけてみるにはあまりに雑然として、スリも怖い。

昼食はバイキングスタイルのベトナム料理       つづく


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マンマ

  • Author:マンマ
  • 好奇心、やじ馬根性旺盛な熟年おばさん?

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