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2024 / 04
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味 わ う

土瓶蒸し
    松茸の土瓶蒸し

旅に出かけたら、誰もがおいしいものを食べたいと思う。
飛騨高山を代表するもの食べものは、「飛騨牛」「朴葉味噌」であろう。
大部分は飛騨特有の風土に根ざしたものである。

朴葉味噌がおいしい理由は、雪深い山間部の高山で長く厳しい冬を越すため、味噌や漬け物の保存食が発達したから。
「そば」や「地酒」がうまいのは、北アルプスの清らかな水があるから。

【飛 騨 牛】
  飛騨牛は松阪牛、神戸牛に並ぶ国内有数の銘柄牛。色つやがよく、肉質ともに高品質で豊潤な味わいを楽しめる。

 「飛騨牛」は、岐阜県内で14ヶ月以上肥育され、5~3等級に認定された肉質の牛のみに与えられる銘柄。

飛騨牛
      ステーキ

 ステーキ、刺身、串焼き、朴葉焼き、飛騨牛寿司(押し寿司)を食した。

  刺身はトロを食べているような食感で美味。

飛騨牛さしみ
    さ し み
最後の一枚、写すことより口に入るほうが早かった。

  「串焼き」は土産物の店先でも、テイクアウトメニュー(1本200~300円・醤油ダレ味)として販売している。町並みを散策しながら気軽に食べられる。

同様に「みたらし団子」(1本60円・うすくち醤油味)も、焼きたてを手にしながら町を歩いている。

【朴葉みそ】
朴葉の上にみそやねぎ、椎茸などをのせて炭火で焼きながら食べる。飛騨の定番メニュー。

朴葉みそ
    朴葉みそ

【地 酒】
「寒い土地に良酒あり」のことば通り、高山は気候・水・米に恵まれ、独特の地酒を生み出す条件が揃っている。
酒好きの人は飛騨料理を肴に美酒を味わいながら満喫できるだろう。

銘柄も多いが、地元の人には「久寿玉」が好まれるという。
酒は飲めずそのよさが分からず残念!!

み や げ

土産

あくびだるま
  あくびだるま

【一位一刀彫】
イチイの木をノミだけで彫り上げたのが一位一刀彫の始まり。
一位の木はイチイ科に属する常緑樹で古くから銘木として知られており、岐阜県の木、高山の木である。

一位の語源は約800年前、朝廷へ献上したところ、他の材料より優れているということで、位の正一位にちなんで賜ったと伝えられる。飛騨の伝統工芸、一位一刀彫はこの一位材を用いている。

一位木は初めは赤く年月を経ると茶褐色の渋みのある光沢が出る。
歯が欠けて、表情が面白い「あくびだるま」

かまぼこ
 山芋入りかまぼこ

山芋を卸して擂りこんであるのかと思っていたら、そのまま芯に使ってある。
シャキシャキとした食感がする。

【栗のお菓子】
山の多い飛騨は栗の産地である。
「栗きんとん」、「栗のしぶ皮煮」など、栗を使った菓子製品が多い。

【漬け物】
赤かぶの漬け物が多い。部屋係の若い女性は、大きくなるまで白いかぶがあることを知らなかったと話す。

【どぶろくせんべい】
白川郷特産のどぶろくの風味がする。

【さるぼぼ】
みやげ物店に、大小さまざまなサイズの「さるぼぼ」が下がっている。

さるぼぼ
    さるぼぼ

「さるぼぼ」って?
雪深い飛騨で、昔おばあちゃんが、子供たちのために作ったお人形。
猿の赤ちゃんに似ていることから「さるぼぼ」と呼ばれた。
「ぼぼさ」は、飛騨では赤ちゃんのことを意味する。
今も、良縁(猿)、(猿)円満、安産、子宝、魔よけのお守りとして親しまれている。

まとめ

今回の旅行地は、長野県の上高地を除くと、下呂・高山・白川郷など、ほとんど岐阜一県だけであった。

バスに乗ってガイドの説明を聞いても、主だった地名以外は馴染みがなく、知らないし、分からない。

岐阜県のどの辺りを走っているのか、位置関係もピンとこない。もどかしい。方向音痴に等しい。
頭の中に、軸になる地名・位置がないことに気付いた。
事前にチェックしておくべきであった。

戻ってから地図を広げてみた。
岐阜県は、周りに海のない県であることは解っていた。

どの県と接しているか確かめてみた。
あるわ・・・あるわ・・・・
なんと、愛知、長野、富山、石川、福井、滋賀、6県と隣接している。

日本列島のほぼ中央に位置し、東西は険しい山々に、南北は河川峡谷に囲まれている。

海岸線の多い鹿児島に住んでいると、山の自然に触れる機会は少ない。
登山経験は殆んどない。

今回、上高地の大正池から河童橋まで遊歩道を上がった。
穂高連峰を望みながら清流梓川沿いに散策したが、森林浴を楽しみながら、秘境の地に迷い込んだように感動した。自然を満喫した。

河童橋からの眺め、穂高連峰と梓川が一体となった景観は筆舌に尽くしがたい。

岐阜県最北部、北アルプスに抱かれた奥飛騨地方にも行ってみたい。
下呂温泉は泉質もよい、もう一泊したかった。   
心身ともに癒され、猛暑とさよならの旅であった。   おわり



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白川郷~郡上八幡~名古屋空港

白川郷は、地図で見ると石川、福井、富山県に近い位置にある。
バスは「御母衣湖(みぼろ湖)」沿いを南下するようなルートで郡上八幡へ向かった。
車窓からの眺めも殆んど山間部の景色である。

ツアー一行は、夕方、名古屋空港からそれぞれの地へ戻る。
5時までに空港必着のスケジュールで、時間のゆとりがなくなっている。
連休で交通渋滞も予想される。

郡上八幡での自由時間は、昼食を含め1時間30分となった。
観光ポイントのアウトライン説明はあった。
だが、時間に急かれて気持ちのゆとりもない、不案内な土地である。効率も悪い。
中心地の地図を手がかりだけでは慌てるだけである。

郡上八幡城
   郡上八幡城

郡上八幡は、400年の歴史をもつ「郡上踊り」と名水で知られる城下町。
昔ながらの町並に、用水が流れる詩情豊かな町。
豊富な湧き水と、清流の心地よいせせらぎ、懐かしい町並みは、しっとりとした情緒を醸し出している。
放映中の大河ドラマ「功名が辻」の主人公、「山内一豊」の妻「千代」は郡上生まれといわれる。

郡上八幡城に行ってみたかったが、時間的に無理で断念。
車窓からお城を見上げただけである。

郡上八幡産業振興社のHPに記してある。

 賢夫人として名高い山内一豊の妻千代については、近江国坂田郡、若宮喜助の娘という説が定説とされています。

 初代八幡城主遠藤盛数の娘が千代である。城内にある遠藤家系図の中には「山内対馬守室(千代)」との記述があり、千代が郡上の生まれであることを証明している史料のひとつである。

 一豊が戦功を得ることができずに帰城した際、郡上おどりを踊って励ました!?ともいわれています


昼食はかけそばで済ませた。
残りの1時間で町並を散策しなくてはならない。

観光の中心はバス停城下町プラザの周辺という。
吉田川に沿っていくつも橋が架かっている。渡ってお目当ての所へ行きたいが、所要時間と距離の見当がつかめない。

サンプル
     サンプル

方向を定めて歩き始めた。宮が瀬橋に出た。
渡ってすぐ右手の「さんぷる工房」に人が群れている。
思わず食べたくなるような、リアルな食品サンプルを制作している工房である。
レストランで見るメニュー展示の模型が並んでいる。工程を覗いた。体験コーナーもある。

小筋が多く地図を片手に進んでいく。

郡上八幡
 やなか水のこみち

「やなか水のこみち」に入った
玉石を敷き詰めた水路沿いにある、風情のある水辺のポケットパーク。
せせらぎの音が響き、自然に足が止まる。

兄弟
      なかよし

水辺に、幼い兄弟がしゃがみこんでめだかを放している。
「何匹放したの?」
「1匹」
弟はお兄ちゃんの放す手元をじっと見つめている。

別名美術館通り、界隈に3つの美術館、博物館がある。

郡上八幡3
  いがわこみち

吉田川沿いに歩いていくと、「いがわこみち」に出た。
ここは、用水路で、地元住民に大切に管理され、今も生活に利用されている。
アナゴ、イワナなどの渓流魚と鯉が泳いでいる。
水量が多く、水の色も透き通っている。

残り時間20分、集合場所の城下町プラザまで引き返す時間もあるので動けない。
吉田川の流れも清流である。
「新橋」を渡った。折口信夫碑も見えたが・・・

宗祇水を見ていない。
吉田川を挟んで「やなか水のこみち」、「いがわこみち」の反対側になる。
時間が足りない!残念!

「宗祇水」(名水百選)

全国名水百選第1号!
小駄良川のほとりの湧水、水の町を代表する名水。

室町時代の連歌の宗匠として有名な飯尾宗祇が、この水のほとりに草庵を結び、この清水を愛用したのが名前の由来である。

宗祇が和歌の大家である東常縁から古今伝授を受け、その事実ゆかりのある名水が「宗祇水」です。
この東家の末裔(まつえい)が千代であり、近年、東家直筆の古今和歌集が山内家に渡っていたことも有名な史実となっている。・・・郡上八幡産業振興社のHPより


郡上八幡は時間不足で、見る間がなく、ただ立ち寄っただけの印象が強い。

バスは一路名古屋空港を目指して帰路を急いだ。   つづく


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高山~白川郷
昨夜は和風の宿で温泉に入って温もりぐっすりと眠った。
4Fの部屋からすぐ下に蓮池が見えている。ほんのり薄桃色に染まった花がかなり咲いている。
昨日から気になっていた。8時に宿を発つので、朝食前に下りていった。

蓮

蓮池に柵がないので用心しながら近づこうとする。デジカメに収めたくて足元は二の次になっている。夫は「マムシがいるかもしれないぞ」と近くの棒切れを握っている。

今年は殆んど蓮を見ていない。一箇所にまとまって咲いている蓮に出あってうれしい!
ゆっくり写す間がなく、腕前に不安があったが数枚撮れた。

蓮の実

夫は蓮の実に興味があるらしく、2個採ってきて子どものように喜んでいる。
「幼い頃の郷愁さ、食べたくて仕様がなかった」
実を取り出して口に入れ「この味だ」と私にも勧める。澱粉質の味がする。

今日も道中が長い。夕方名古屋空港でツアーの散会となる。
バスは8時に宿を出て、あと3箇所のホテル回って、白川郷へ向けて走り始めた。

高山市は宿泊こそしたが、町は掛け走りでしか見ていない。もう少し時間をかけて飛騨の小京都といわれる町並みの風情を楽しみたかった。白川郷へ向かう車中でも紹介された。

「飛騨高山」といわれるが、
折り重なった山々が襞のように見えることから、名づけられたという。
「襞」→転じて「飛騨」となる。
確かに岐阜県は海に面するところがない、島国日本では数少ない県である。

山が多いので木は豊富にある。
飛騨地方は、昔から木工品の産地として知られている。よい大工が育った。
「飛騨の匠」が手がける飛騨家具は、重厚感と丈夫さに定評があり、いつまでも飽きのこないデザインが魅力。春慶塗、一位一刀彫など飛騨の匠の技が生きている。

バスは国道を下りて白川街道にはいる。
道は荘川(しょうかわ)に沿っているが、川沿いは桜の名所である。川幅が広くなったと思ったら湖である。ロックフィル式としては東洋最大級の規模を誇るダム湖、「御母衣湖(みぼろこ)」である。ブルーの湖面が美しい。

「荘川桜(しょうかわさくら)」
樹齢450年余のアズマヒガンザクラ。

ダムの湖底に沈む寺にあった桜を荘川沿いに移転している。
運搬のため桜の枝を切り、切り口にミツカン酢を塗りながら運んだという。立派に蘇っている。

往く手に合掌造りの屋根が見えてきた。
白川郷・荻町合掌造り集落である。
合掌造り集落を一望できる絶好のスポットがある。

白川郷3

白川郷

「荻町城跡展望台」
荻町を見下ろす高台にある展望台は、戦国時代の武将の居城があったところ。
今は集落を眺める観光客で賑わっている。

ススキ、コスモス、秋名菊の花が、風に揺れて咲いている。
その先に時が止まったような、懐かしい風景、114棟の合掌造りの家屋が望める。
田は黄金の穂がゆれ、後ろに遠く白山も見える。
懐かしい光景に身も心も癒される。

白山

今も暮らしの場として使われている建物、資料館、美術館、食事処が点在する。
家の向きも風向き、日照量を考えて配置されているという。

下って集落の中を歩いた。
公開されている家屋2箇所のうち、長瀬家を見学した。
屋根の吹き替え作業をTVで放送した家である。

合掌造り

1F・・居住部分
2F・・家具・什器収納、使用人部屋
3F・・農作業道具収納、養蚕用

合掌造り2

「合掌造り」
釘や金物類を一切使わず、木や竹、和紙など天然素材だけで建てられている。雪の重みに耐えるために急勾配の屋根(傾斜60度)や、養蚕用の屋根裏が設けてある。厳しい自然環境の中で生きてきた先人の知恵の集大成であろう。

萱葺きは50年に一度。
萱集めが大変で、ススキを混ぜて30年で葺き替えている。結い制度。
ススキはコケが出易い。萱はストロー状で水はけがよいが、ススキには穴がない。
萱葺きの屋根を維持するには大変な苦労を強いられているのだろうと感じる。

H7年、世界遺産登録後は見学者が増え、年間約140万人が訪れる。
写真で見る雪景色の白川郷は美しい。今日は歩くと汗ばむ。雪のない山里白川郷、合掌造りの内部も見学した。今もなお、昔ながらの生活が営まれている。    づづく


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上高地~高山

ここは長野県である。行政区分上は合併して松本市に属する。

大正池から遊歩道をゆっくり散策しながら河童橋に辿り着いた。
穂高連峰が真正面に。眼前に迫ってくるようにズームアップして映る。
観光センター、土産物、飲食店も並んでいる。

河童橋2
 梓川から穂高、河童橋を望む

河童橋は渡ると少し揺れる。外観ではわかりにくかったが、間違いなく吊り橋である。
吊り橋で怖い思いをしたのは四国租谷の「かずら橋」である。

天気がよいので辿り着いて立ち止まったら汗ばんで喉も渇く。
お茶と長野名物「お焼き」を見つけて1個買った。
見た目は小ぶりの餡饅サイズで野沢菜入り。

日頃、野沢菜は漬け物で食べる。茎の部位は歯ごたえがあっておいしい。

芯の具は、細かく刻んで熱を通すと見た目は高菜の古漬けの色である。
味は辛味もなく調味料の味もない。葉が多いようだが炒めてあるのだろうか?
皮にそば粉が雑じっている食感がする。素朴な味で小腹を充たしてくれた。

30分ぐらい休憩する時間があったので、梓川べりのベンチに腰掛けた。
清流を眺める人、寝そべっている人、絵筆を握っている人、思い思いに自然を満喫している。
大きく深呼吸をしてバスの駐車場へ向かった。

バスの右手に赤い屋根の帝国ホテルが見える。
昼食でも人気のスポットという。ただし待ち時間が長い、カレー2800円也(ホゥ(*_*))。
滞在するわけじゃないのに、それより自然散策のほうに魅力あり。

人力車

朝、上った道を引き返すように高山に戻った。
4時前、陽も薄くなり、街の通りも夕陽が影を落している。さんまち見学はこれからである。

さんまち3

高山には「古い町並み(さんまち)」と呼ばれるエリアがある。
城下町の中心で商人の町として発達した一之町、二之町、三之町の3つの町筋のこと。

さんまち2
    看板も右書き

出格子の窓が美しい町家、造り酒屋など、江戸時代の面影を残す商家群や町家群、寺院群などが立ち並ぶ。城下町の面影を色濃く残す情緒あるエリアである。
宿が近ければ、日が暮れてから明かりが灯った町並みを歩きたかった。
今日は秋分の日、祝日である。通りに国旗が掲げられ黒塀にしっくり溶け合っている。

さんまち

このあたりは国の重要伝統的建造物群保存地区になっている。
建物の高さ構造などに厳しい規制があり、家の修理や新築を建てる時も高山市の許可が必要になる。

一刀彫
   一位一刀彫

一刀彫の店を覗いた。飛騨の一位材を使った一位一刀彫の面が掛けてある。年々艶が出るという。小さな「欠伸だるま」を購入した。

日も落ちかかって、「高山陣屋」へ急いだ。
高山城主金森氏の下屋敷の一つである。陣屋とは代官所のことで、徳川幕府の直轄地となり、江戸から代官や郡代が来て、飛騨の政治を執った。

当時の陣屋の建物が残っているのはここ高山だけである。国史跡に指定されている。時間に急かれて掛け足見学であった。

抱き石
   抱き石(右下)

吟味所・御白洲に惹き付けられた。刑事関係の取調室で、拷問も行われた。遠島に処せられたものは唐丸駕籠で江戸に送られた。
拷問に使われた抱き石もある。英語の表示があり、外人さんも興味深げに文字を追って見学している。

今日の宿は4分宿である。「花扇」は私等2人だけであった。    つづく





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高山~上高地

上高地

少しでも上高地での滞在時間を長く取りたいと、朝市に長居は出来なかった。
旅先で市場やスーパーマーケットを眺めることは楽しい。
台所を預かる主婦にとって興味惹かれる場所である。旅の楽しみの1つでもある

珍しいものに出合ったり、土地の訛りまじりの会話が聞こえて、見逃したくないと思う。
普段と違う所に立っていると実感する時でもある。

高山を出発して上高地までは、奥飛騨の入り口「平湯」でトイレタイムを取っただけである。

車中でガイドに聞いた、飛騨方言のさわりを少し

 あれあんな まみやった・・・元気だった
 そしゃ あばえ・・・それでは さようなら
 どんびき・・・かえる
 へんぺ・・・へび
 へくさむし・・・かめむし
 かになー・・・かんにんなー、ごめんなー

妻籠出身というガイドさんは素朴で好感が持てる。
声も良く通り、客を飽きさせない話術を心得ている。
俳句の吟行ツアーで、私にも作句しなさいといわれて困った。
とっさに「山だらけ 山だらけああ 山だらけ」と詠んだら、季語がないといわれた。

昨日の上高地情報では人出が多かったらしい。
河童橋まで行くには車の渋滞で1時間30分待ちだったという。

自然保護のため、上高地はマイカー規制されている。
平湯温泉(ひらゆおんせん)か沢渡(さわんど)で、バスかタクシーに乗る事になる。
低公害車のバスも走っている。

今日は、祝日と日曜が重なっている。同様な状況が予想される。
その間バスの中でじっと待っているより、天気もよい、遊歩道を歩いて行くコースを提案された。

大正池から河童橋までは、徒歩で約1時間で到着するという。
殆んどの人が賛同した。穂高の山が見える方角へ歩いて行ってください。
バスは河童橋の駐車場で待っています。

遊歩道
    遊 歩 道

調達してもらった飛騨牛寿司の昼食を持って歩き始めた。
ピクニック気分である。

大正池から
 大正池から穂高を望む

すぐ眼前に大正池が開けてきた。
写真で見るだけであった大正池! まさに、同じ姿、実像が目の前にある。
エメラルドグリーンの水色、噴火に伴って湧出した鉱物成分の影響でこの色が出るようだ。
鏡のように美しい大正池は透明度もよい。岸辺に鴨が上がってくる。人を恐れる気配もない。
絶好の撮影ポイントである。カメラに収める人が群れて、いい位置が狙えない。

大正池2
     大 正 池
大正池

大正池は、大正4年(1915)、焼岳の大噴火によって梓川がせき止められて出来た池。
現在でも流れ込む土砂によって徐々に面積が縮小しているという。

初めのうちはバスの連れから、あまり離れないように歩こうと思っていた。
ところが、遊歩道は、人の切れ間がない。
分岐点でどちら?と思っても道が迂回しているだけである。次の分岐点で合流する。

水面

杖を突いた人も遅れることなく歩いている。平坦な遊歩道であるとはいえ1時間も歩き続けることは容易なことではない。その意欲と行動力に敬服する

水面

ほぼ、遊歩道に沿うように清流梓川が流れている。北アルプスの南部・穂高連峰のふもとを流れる梓川は、エメラルドグリーン、鮮やかな翡翠色のようなところもある。透明度がよく川底まで見える。晴天に恵まれ汗ばむ。川のせせらぎを聞きながらの森林浴は爽快である。
下界と隔絶した天上の秘境・上高地は、訪れる人の心を癒し魅了する。

穂高連峰

上高地(かみこうち)は、北アルプス南部に聳える槍ヶ岳(やりがたけ)を水源として流れ下ってきた清流梓川(あずさがわ)が穂高連峰と霞沢岳に挟まれる付近に開けた平坦な谷間で自然の宝庫として人気がある。特に、大正池や、河童橋(かっぱばし)から見上げる上流の景色は、日本の国立公園を代表する景観であるといわれる。

穂高と梓川
     清流梓川

 田代橋からの遊歩道は梓川の左右にルートが分かれる。
右岸を行くと日本アルプスの名付け親であるイギリス人宣教師ウェストンの碑がある。
彼は日本アルプスをこよなく愛し、近代アルピニズムをもたらした人物である。
日本近代登山の父ともいわれる。
一方、左岸を行くとカラマツ林に沿って遊歩道が伸び、穂高連峰の眺めも良い。
碑を見たくて、右側のルートをとった。

紅葉はまだ見られない。
白樺が多い。3年前イルクーツクで見た群生を想い出す。
歩き進んで行くうちに、穂高の山々がズームアップして迫ってくる。
1時間ほど歩いて、河童橋まで1キロのあたりで腰をおろした。

ススキ

穂高連峰全容が見える場所は少ない。
このあたりが一番左右見えるポイントと表示してある。清水屋ホテル近くである。
汗ばんだ体に川風が心地よい。ススキの穂が揺れる川べりで、梓川の清流を眺めながら飛騨牛寿司を広げた。

牛肉の寿司?どんな味?
寿司飯の上に錦糸卵、その上に薄切りの牛肉が被せてある。
寿司飯の酢が効いておいしい!
寿司と牛肉の取り合わせ、意外に相性がいいのです。

河童橋
    河 童 橋

河童橋が視界の中に入ってきた。
上高地のシンボルともいうべき吊り橋で、梓川の清流に架かっている。
橋の袂の浅瀬に鴨が泳いでいる。子どもが寄っていくが逃げようともしない。人を警戒する気配もみせない。

鴨
    鴨と遊ぶ

穂高連峰
    穂高連峰と梓川

橋の上は人が群れて写真撮影しにくい。渡りきったところに絶好の撮影ポイントがあった。
天気がよいので穂高連峰の勇姿がはっきり、くっきりと望める。
穂高連峰と梓川が一体となった景観は筆舌に尽くしがたい。

紅葉
  少し紅葉して

河童橋から70分の明神池までは平坦な道という。時間が許せば行ってみたかった。 つづく


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マンマ

  • Author:マンマ
  • 好奇心、やじ馬根性旺盛な熟年おばさん?

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